OTOMON LABArt of Sound

なぜ負帰還はオーディオファイルの敵なのか

負帰還が音声信号の高調波スペクトルに与える影響の数学的解析

Uesugi Ken(OTOMON LAB CTO)

なぜ負帰還はオーディオファイルの敵なのか

要旨. 負帰還(NFB)は、アンプの歪みと雑音を低減し、利得を安定させるための基本的な技術である。しかし、深い負帰還をかけたアンプは音が乾いていて、ダイナミクスに欠け、不自然に聴こえると感じるリスナーも多い。本稿では、負帰還が信号に作用するメカニズムを数学的に解析する。帰還量は周波数とともに減少するため、歪みの高次高調波は低次高調波に比べてはるかに抑圧されにくい。その結果、アンプの高調波構造が変化し、帰還が深いほどその変化は大きくなる。

数式に関心のない方は、証明部分を読み飛ばし、考察、第5章、第6章からお読みいただきたい。

1. はじめに

負帰還をかけたアンプの音は、遅く、乾いていて、不自然で、ダイナミクスに欠けるとよく言われる。しかし、それはリスナーの主観的な印象である。本稿では、負帰還が音声信号にどのように作用するのか、そしてどの作用が音本来の自然さを失わせ得るのかについて、定量的な説明を試みる。

本稿は次の順序で構成される。

  1. 負帰還の利点
  2. 負帰還系の数学モデル
  3. 負帰還が音に与える影響
  4. 結論と実際への応用

2. 負帰還の利点

負帰還の最大の利点は、アンプの出力信号の誤差を補正し、ハム、残留雑音、全高調波歪率(THD)などの諸特性を向上させることである。ループゲイン (第3章で定義)を用いると、負帰還には H. S. Black(1934)の研究以来知られている次の三つの効果がある。

しかし、技術者が特性を良く見せるために負帰還を多用すれば、負帰還は諸刃の剣となる。アンプ設計とは、出力で測定することだけではない。各増幅段を調和させ、信号が抵抗、コンデンサ、トランスなどの部品を通過するたびに生じるハム、雑音、高調波歪みを最小限に抑える、一連のプロセスである。負帰還は設計上の欠点を補うために使うべきものではなく、使い手に届ける前に贈り物に結ぶリボンのような存在であるべきだ。

3. 負帰還系の数学モデル

3.1. 基本量

負帰還系(Black, 1934; Bode, 1945)において、帰還の程度を決める量はループゲインである。

ここで、 はアンプの開ループ利得、 は帰還回路網の伝達率である。信号に実際に作用する帰還の量は、 や 単独ではなく、 によって決まる。

帰還係数は次のように定義される。

これは閉ループ伝達関数の分母である。

大きさ を周波数 における帰還量と呼び、通常 として dB で表す。

3.2. と の周波数依存性

すべての物理的なアンプは周波数特性を持つ。一般的なモデルは次のとおりである。

ここで、 は直流利得、 は零点、 は極である。したがって は必ず とともに変化する。

帰還回路網 も周波数に依存する。純抵抗で設計した場合でも、実際には次のようになる。

これは浮遊容量、配線のインダクタンス、帰還回路網を構成する部品の周波数特性の影響による。帰還ループが出力トランスを含む真空管アンプでは、トランスの周波数特性が最も重要な極の発生源となる。

と がともに周波数に依存するため、ループゲイン 、したがって帰還量 も周波数に依存する。

3.3. 1極アンプのモデル

極を一つ持つアンプと純抵抗の帰還回路網を考える。

ループゲインと帰還係数:

周波数 における帰還量:

数値例. (直流ループゲイン9。このとき直流における帰還量は 、すなわち20 dB)、極周波数 kHz( rad/s)とする。

表1. 周波数に対する帰還量(、 kHz)
周波数 帰還量
20 Hz 0.002 10.0 20.0 dB
1 kHz 0.1 9.95 20.0 dB
10 kHz 1 7.11 17.0 dB
60 kHz 6 1.92 5.7 dB
100 kHz 10 1.41 3.0 dB

考察. 帰還量は20 Hzの20 dBから100 kHzではわずか約3 dBまで減少する。すなわち、高域成分が受ける帰還は低域成分に比べてはるかに少ない。

3.4. 微分による単調性の証明

1極モデルでは、帰還量の2乗は次のようになる。

、 とおくと、 となる。 で微分すると:

であるから、この導関数は常に負である。また、 は とともに増加し、 である。合成関数の微分法より:

結論. 1極モデルでは、帰還量 は周波数の上昇とともに単調に減少する。減少の速さは一定ではなく に依存し、 では非常に緩やかで、 付近およびそれ以上で最も急になる。

3.5. 一般の場合:多極アンプ

個の極を持つアンプでは:

4. 負帰還が音に与える影響

声であれ楽器であれ、あらゆる音は基本波と一連の倍音から成る。この倍音構造こそが、歌手の声の個性や楽器の音色を形づくっている。アンプを通過する2種類の高調波を明確に区別する必要がある。

負帰還は、この2種類の高調波に対して異なるメカニズムで作用する。

4.1. 原信号の倍音への影響

原信号は多くの倍音を含む。

アンプの線形部分のみを考えると、この信号は閉ループ伝達関数 を通過する。

次倍音の振幅に掛かるのは ではなく であることに注意されたい。3.3節の1極モデルでは:

帰還によって系の極は kHz から kHz へ移動する。20次倍音(20 kHz)を1 kHzの基本波と比較する。

表2. 原信号に対する線形応答
帰還なし 帰還あり()
1 kHzに対する20 kHzの振幅 −6.95 dB −0.17 dB
20 kHzにおける位相推移 −63.4° −11.3°

考察. 線形の観点からは、負帰還は原信号の倍音構造を歪めない。むしろ振幅特性と位相特性を平坦にする。したがって、音の自然さが失われる原因は非線形部分、すなわちアンプ自身が発生する歪みに求めなければならない。これを4.2節で解析する。

4.2. アンプが発生する歪みへの影響

帰還ループ内部で周波数 に発生した歪みは、 倍に抑圧される。基本波の周波数を とすると、 次高調波歪みは周波数 に位置し、次の係数で抑圧される。

kHz、 kHz、 の場合:

表3. 次数別の高調波歪みの抑圧量
次数 周波数 抑圧係数 抑圧量
1 1 kHz 9.95 0.101 −20.0 dB
2 2 kHz 9.81 0.102 −19.8 dB
3 3 kHz 9.58 0.104 −19.6 dB
5 5 kHz 8.96 0.112 −19.0 dB
10 10 kHz 7.11 0.141 −17.0 dB
20 20 kHz 4.56 0.219 −13.2 dB

考察. 2次高調波歪みは約20 dB抑圧されるのに対し、20次高調波歪みは約13 dBしか抑圧されず、その差は約7 dBに達する。そのため、帰還後に残る歪みのスペクトルは高次高調波側に偏る。THDは非常に低くなり得るが、残留する歪みは高次高調波に集中する。高次高調波は低次高調波よりも耳障りであると多くの研究者が指摘している。

帰還量の影響. 上記の差は帰還量に直接依存する。表4は、さまざまな帰還量に対して、2次高調波が6次、20次および50次高調波よりも何dB多く抑圧されるかを示す( kHz、 kHz は同じ)。帰還がない場合この差はゼロであり、アンプの高調波構造はそのまま保たれる。

表4. 帰還量に対する高調波構造の変化
帰還量(直流) 2次 対 6次 2次 対 20次 2次 対 50次
3 dB 0.5 dB 2.1 dB 2.8 dB
5 dB 0.8 dB 3.3 dB 4.5 dB
10 dB 1.0 dB 5.4 dB 8.6 dB
20 dB 1.2 dB 6.7 dB 13.0 dB
40 dB 1.2 dB 6.8 dB 14.0 dB

考察. 浅い帰還(3〜5 dB)では、高調波間の比率の変化は約2〜4.5 dBにとどまる。深い帰還(20〜40 dB)では7〜14 dBも変化する。THDは大きく低下するが、アンプ本来の高調波構造は大きく変わってしまう。なお、2次と6次の高調波はいずれも極周波数10 kHzより十分低いため、両者の間の変化は小さい(0.5〜1.2 dB)。この変化は、極周波数付近およびそれ以上の高調波で急速に大きくなる。

5. 数学的結論

実際の負帰還系において、周波数 における歪みの抑圧係数は次式で表される。

この量は の関数であり、1極モデルでは周波数とともに単調に減少する。 次高調波における抑圧量と基本波における抑圧量の比は次のとおりである。

のとき、この比は のすべてについて に近似できる。すなわち、高次の高調波ほど歪みは抑圧されにくい。

以上の解析から、次の結論が得られる。

  1. 原信号の倍音は、閉ループ系を通過しても線形的な歪みを新たに受けない。帰還はむしろ周波数特性と位相特性を平坦にする。
  2. アンプが発生する歪みは不均一に抑圧される。低次高調波は強く、高次高調波は弱く抑圧される。残留歪みのスペクトルは高次側に偏る。
  3. 帰還が深いほど、高調波構造の変化は大きい。 3〜5 dBの帰還では約2〜4.5 dB、20〜40 dBの帰還では7〜14 dBに達する(表4)。
  4. これらの影響の程度は、帰還量 、極の位置 、信号の基本周波数 、および各増幅段の非線形特性に依存する。

このように、負帰還はTHDの数値を非常に良く見せる一方で、歪みの性質を変える。高調波間の比率が変わり、残留歪みは高次側に偏り、帰還が深いほどその変化は大きくなる。これは、深い帰還をかけたアンプが測定値に優れていても乾いた不自然な音に聴こえる、という多くのリスナーの印象を説明し得る根拠の一つである。

6. 実際への応用

負帰還を設計上の欠点の補正に使おうとすれば、非常に深い帰還が必要になる。その場合THDは極めて低くなり得るが、第4章と第5章で示したとおり、残留歪みは高次高調波に偏り、アンプ本来の高調波構造は大きく変化する。

とはいえ、負帰還が完全な毒というわけではない。それは抗生物質のようなもので、正しい方法、正しい量、正しい場所で使えば優れた武器となる。出力特性の改善を目的として負帰還を用いる場合、THDに明確な差を生むには通常10 dB程度以上の帰還量が必要である。

したがって、帰還をかける前の段階で良い音を得るために最初にすべきことは、良質な部品を使い、非線形歪みを可能な限り低減することである。特に真空管アンプにおいて、心臓部であり最も重要な部品は常に段間トランスである。

次に、設計は妥協のないものでなければならない。アンプが増幅段を一つしか持たないことはまずない。真空管アンプでは各段の利得が低いため、通常は出力段の前に一〜二段の増幅段が必要になる。各増幅段はそれぞれ固有の高調波歪みとハムを発生する。設計が十分でなければ、各段の歪みが積み重なり、出力段での総歪みは急増する。逆に設計が十分に優れていれば、段間の高調波歪みは互いに打ち消し合う。設計が優れているほど打ち消し合いは大きくなり、帰還を用いなくてもアンプの諸特性は優れたものになる。

OUDDC回路の設計では、独自の段間結合方式がまさにこの基準を満たしている。そのため私たちは、ほぼすべてのアンプにおいて、諸特性がすでに十分に優れていることから、原音本来の姿を保つために帰還の使用を最小限に抑えている。

OTOMONのアンプの大半は、負帰還を一切用いていない。特別な場合に限り、出力インピーダンスを下げ、最も制御を失いやすい低域を制御するために、ごく少量の負帰還(通常3〜5 dB)を適用している。表4によれば、この帰還量での高調波構造の変化は約2〜4.5 dBにとどまり、深い帰還の7〜14 dBに比べてはるかに小さい。また一部のアンプには帰還のオン・オフを切り替えるスイッチを設け、帰還の有無による違いや、帰還量の変化によって音がどう変わるかを、リスナー自身が体験できるようにしている。

参考文献

  1. H. S. Black, “Stabilized Feedback Amplifiers”, Bell System Technical Journal, vol. 13, 1934.
  2. H. W. Bode, Network Analysis and Feedback Amplifier Design, Van Nostrand, 1945.